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平面化 2
 なんで私みたいな無名の美術作家が、偉そうにバルールやら平面化やらとこれ見よがしに解説しているのか、という思いを抱きつつ、まあ、どうせそんなたくさんの人が見ているわけじゃないからいいや、とも思いつつ、要は自分がやっていることを改めて文章にして、自分でおさらいをしているわけなので、構わず続けることにする。もしかしたら、近い将来、こういうことを誰かに伝えなきゃいけないシーンもないとは言い切れないし。

 誤解を恐れずに言うと、遠近法で描くことよりも、平面化した方が、なんか高度なことをやっているような感じがする。子どもの絵が、描きたいものを素直に描いていてとても自由な感じがするけれど、中学生くらいになって遠近法を覚えると、見えたものを忠実に捉えようとするあまり、絵が硬くなっておもしろくなくなる。遠近法に縛られて見えたものを見えた通りに描こうというのは中学生レベルの延長線上だ、と言うと言い過ぎかも知れないけど。子どもの絵から中学生を卒業して、大人になって子どもの絵にもどる、それと同じことが美術史の上で起きているのだから「歴史が証明している」というわけだ。
 セザンヌ先生やピカソ先生やブラック先生が、静物を上から見たり下から見たりして、それを一つの画面に合成しちゃって、遠近法が吹っ飛んじゃったけど、静物だけじゃなくて人物も風景も同じことをやるわけで、そうなると、「現場で実物を見て描くこと」にあまり意味がなくなるよね。子どもは絵の対象をじっくり観察したりしないものね。だけど、「大人の絵描き」は子どもの絵と同じじゃまずいよね。「調和がとれた画面構成」「印象的・効果的な色や形」「バルールが合っていること」などが大切になってくる。自由(でたらめ)に描いているようで、実はちゃんと「大人な計算」が施されている。それがより高度な絵画の創作という風に思えるのだ。

 だけど世の中には、遠近法に則った写生や写実画でありながら、平面化がされている絵を描く人もいるんだよね。これはもう、「バルールの妙」としか言いようがない。

 ということは、やっぱり「平面化はバルールを合わせること」に尽きるってことなのかな。
by hiroafukasawa | 2013-08-02 16:01 | バルール | Comments(0)
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