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ゴミに見えては・・・
 そうです。クリストですね。たぶん。
 クリストっていう人は、すっごいお金持ちのようだ。お金がないと、あんな作品を生み出せないよな。
 インスタレーションというのも訳がわからないよな。日本語にしっくり訳せないというのがまず難儀だ。「空間美術」とでもいうのかな。画廊のような閉ざされた空間、あるいは屋外の開放された空間の中に作品(オブジェ)を置く。するとそのオブジェによって空間が変化する。そこに作家の意図が表れるわけだが、具体的なオブジェと不確かな空間を合わせて作品というわけだから、見る側もイメージをふくらませて見なければならない。コンセプチュアル・アートは作品自体にそれほど意味がないのだから、作家はイメージを発信し、観客はイメージを受け取る。ラジオやテレビじゃないので、受け取ったものが発信したものと同じかどうかはわからない。むしろ、違って当然だと言える。
 それはそれとして、学生や若い作家のインスタレーションでよくあるのは、「作品として、これでいいのかな」ということ。
 それなりの広さの会場を埋めるためには、それなりの材料が必要で、それなりのお金がかかる。ところが、クリストと違ってそんなに金は持ってないので、なんかどうか安い素材を探す。そして、廃品に行き着く。トイレットペーパーの芯やら鉄くずやら。さらには「この廃材で何か作れないか?」なんてところから入ってしまい、「リサイクル」とか「リユース」とかをコンセプトに入れてしまう。ちょっと本末転倒な感じがするよな。
 「作品自体にそれほど意味がない」とはいえ、出来上がったオブジェを一目で「ああ、廃品を使ったんだな」と思わせてしまったら、作品としてどうなのよ?と思わざるを得ない。「廃品」という言葉のイメージに頭の中が占拠され、作家の発信するイメージまでたどり着けない。ゴミを使ってもいいけど、ゴミに見えない説得力が欲しい。

 クリストも知らん男が偉そうなことを言うな、と怒られそうだけど・・・。
by hiroafukasawa | 2009-10-14 19:18 | 制作 | Comments(0)
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