実体験
 もう2月も下旬。そうこうしている間に3月11日がやってくる。
 たまにぼ〜とテレビを見ていると、あの震災と被災地の話がまた徐々に取り上げられるようになってきたかな、と思う。風化するのを少しでも遅くさせるために、そういう傾向はいいことだと思う。もっとも、被災地のみなさんにとっては現在進行形のリアルな話だ。テレビ番組がどうこうなんてレベルじゃないだろう。
 私も震災直後、カメラを持って被災地に行きたいという衝動がなかったわけじゃないが、結局、一度も現地には行っていない。被災現場を生で見ることは、表現者の端くれとして必要なこととも思う。でも、結局、私は私の絵しか描けない。現場を見ようが見まいが、私はリアルな被災者じゃない。被災者の思いは肩代わりできない。私は、私が感じたことしか描けない。それも遠回しにしか表現できない。暖房が効く仕事場と仕事ができて、元気な子供たちがいる家庭が待っている私に、「これが震災だ」なんておこがましくて語るわけにいかないからね。
 さて、テレビの話に戻るが、ある女優さんが、被災地を訪れ、被害に遭った人たちを慰問したという。そこで、被災者が口々に、「ニュースは見なければならない。だけど、私たちはドラマも見たい」と言っていたという。もちろん、相手が女優さんだからだろう。その女優さんに、ドラマに出て頑張ってください、と思いを添えているのかもしれない。だが、実際辛いことばかり、ドラマに心奪われて現実逃避したいと思ってもおかしくはないじゃないか。リアルな願いだと思った。
 そして深夜、デザインとアートをテーマにした番組があって、私としては抑えておくべきプログラムかなとも思うのだが、実はあまり好きじゃない。この日も、アートで地球と人類を変えるとか言って、映画を撮っている人たちが出てきたけど、なんだかなあ、と思ってしまう。頭のいい人たちなんだろう。深く深く物事をつきつめ、自分たちに何ができるかを考え、実行する。素晴らしいことだと思うし、真似できない。だけどねえ。
 こっちには壮大でカッコいいお題目があって、こちらには自分たちがやりたいことがあって、頭がいいからその二つを言葉(聞き慣れないカタカナ言葉とか)でくっつけちゃうんだね。さも一つの流れになっているように。しかもそのお題目を成し遂げることができないということもわかっているから、「次の世代のクリエーターたちがアクションを起こせるように、今僕たちがやる必要がある」と、決して無駄ではないと強調したりする。いや、確かにその通り。否定も非難もするつもりはない。
 ただなあ、被災者の「ドラマも見たい」という言葉と比べると、リアリティがないように感じちゃうんだよなあ。まあこれは、第一線で活躍するクリエーターたちに対するやっかみなんだろうね、きっと。
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by hiroafukasawa | 2012-02-20 20:27 | 雑記帳 | Comments(0)
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